メタバースでより豊かな共生社会を目指す

- REALITY XR cloud × 神奈川県 -

神奈川県では、「ともに生きる社会かながわ憲章」を定め、その理念に基づき、共生社会の実現に向けたさまざまな普及・啓発活動を行っています。取り組みの一つに、「ともいきメタバース推進事業」があり、同事業についてグリーグループのREALITY XR cloud株式会社(以下、REALITY XR cloud)が受託し、「ともいきメタバース講習会」を開催しました。REALITY XR cloudでは、3DCGやXRテクノロジー※を活用したメタバース構築プラットフォーム「REALITY XR cloud」を通じてメタバース空間やそれを活用したサービスを提供しており、同講習会ではデジタルイラストの作成やバーチャル世界旅行などを行いました。

※XRテクノロジー…現実世界と仮想世界を融合し、現実にはない新しいものをつくり出す技術の総称のこと。

松本:神奈川県 / 福祉子どもみらい局 / 共生推進本部室 / 共生企画グループ / グループリーダー
共生社会の実現に向けた取り組みなど、共生企画グループ事業の統括を行っている。


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中畑:神奈川県 / 福祉子どもみらい局 / 共生推進本部室 / 共生企画グループ
神奈川県が推進する、ともいきメタバース推進事業を担当している。


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白井:デジタルハリウッド大学大学院 / 客員教授
メタバース開発、VRエンタテインメントシステム、メディアアート研究、写真工学、画像工学の研究開発で30年近い経験を持つ博士(工学)。一般社団法人芸術科学会副会長。デジタルハリウッド大学大学院客員教授。クリエイティブAIに関する米国のスタートアップ企業「AICU」代表。


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増田:REALITY XR cloud 株式会社 / 事業開発部 / ビジネスチーム
2023年に中途入社。社会全体のメタバース発展に貢献するために法人向けに提案を行う。現在は神奈川県受託事業のビジネス担当をしている。

REALITY XR cloudのソリューションで、障がいの程度や状態にかかわらず、アート作品を通してリスペクトし合うような設計を実現

ーー「ともに生きる社会かながわ憲章(以下、ともいき)」の理念のもと、神奈川県ではどのような取り組みを行っているのでしょうか?



松本:神奈川県では、共生社会の実現に向けたさまざまな取り組みを行っています。例えば、分身ロボット『OriHime』を使って、在宅勤務を行う障がいのある職員が憲章のPRを行っていたり、障がい者が描く個性あふれるアート作品の魅力を広く伝えるなどの障がい者の活躍の場を広げる取り組み、障がいの有無にかかわらず誰もが参加できる「インクルーシブビーチクリーン(海岸清掃活動)」を実施して共生の場を創出する取り組みなど多岐にわたります。



中畑:その中でも「ともいきメタバース推進事業」では、メタバースというツールにより外出が難しい方の社会参加やコミュニケーションの活性化を目指せるのではないか、障がいの程度や状態にかかわらず、誰もが、ともに活躍できる共生社会の実現に繋がるのではないかと考え、2023年度から、障がいのある方を対象にデジタルコンテンツのつくり方を学ぶ「ともいきメタバース講習会」を試行することにしました。



松本:障がいのある方への理解を深め、そういった方々が参加しやすい社会をつくるための取り組みです。もともと神奈川県では、2022年12月よりメタバース研究会という組織を立ち上げ、学識経験者、当事者の皆さまとともにメタバースが障がいのある方々の社会進出にどのように活かせるか議論していました。


ーー今回、REALITY XR cloudの提案を採択するに至った決め手は何でしたか?



中畑:本事業はプロポーザル※によって採択されたものですが、委員からの声で一番多かったのはアプリ「REALITY」の使いやすさや、ユーザー数の多さです。私自身も初めてアプリを触った際にとても驚きました。また、「ともいきメタバース講習会」で制作したアート作品をアプリ「REALITY」のプラットフォームで展示するという提案をいただいたことから、より多くの方に触れていただけると期待できたことも採択の決め手になったと思います。

※プロポーザル…地方自治体などが業務を外部に委託する際に利用する発注方式。複数の企業から企画書などを提出してもらい、最適な提案を行った企業を選定して契約します。




白井:私は本ワークショップの開発担当をしています。アプリ「REALITY」は全世界で1,500万ダウンロードを超え、1ヶ月で100万人以上のユーザーが活動するプラットフォームなので、これまで障がいを有する方々と接する機会のなかった人を含め、多くの方の目に触れる機会をつくることができると考えています。懸念したのは、アプリ「REALITY」上に、本当に誤解なくリスペクトを抱けるレベルの作品が掲載できるかどうかという点です。



増田:私は普段、アプリ「REALITY」のプラットフォームを活用した企業のプロモーションや魅力発信をサポートする業務を担当しています。今回のように障がい者の方々を対象とした事業の経験がなく、障がい者の皆さんが安心してメタバースを活用してもらうためにはどのような進め方がいいのか、「ともいき」の活動に対する理解を広げるためにはどうしたらいいかなどを考えました。結果、メタバースに対して深い知見がありワークショップ経験が豊富な白井先生を講師に迎え、メタバースを活用するための事前準備としてワークショップの開催を提案しました。



白井:アバター制作を軸にクリエイティブな活動ができる「ともいきメタバース講習会」を複数回実施し、その後でアプリ「REALITY」上で作品を展示できれば、障がいの有無にかかわらず、アート作品を通してリスペクトし合うような設計が実現できると直感しました。

メタバース空間で作品や制作プロセスを展示し、メッセージ性をより高める

ーー「ともいきメタバース講習会」ではどのようなことを行ったのでしょうか?



松本:REALITY XR cloud社と白井先生に、メタバースについての知識や経験がなくても楽しみながら学べるプログラムを提供いただき、参加者にはメタバース空間の利用や技術習得を目的としてアバターやデジタルアートのつくり方を学んでいただきました。



中畑:講習会を開催する前に、まずはスタッフだけでリハーサルを行ったのですが、使い慣れていないツールやアプリを操作するのは難しいのでは……と感じることがありました。しかし実際に参加してくださった多くの方はご自身が表現したい世界をどんどんつくられていって、すごいなと思いましたね。講習会に参加してくださった、小学5年生のゆりニャーさんはストレッチャーで生活しており、思い通りに発音しづらいという障がいがあるのですが、自分なりの表現をどんどん詰め込みながら制作に取り組んでくださったのが印象的でした。講習会終了後も継続して制作を続けているようです。




白井:ゆりニャーさんは親御さんが管理しているアカウントでアプリ「REALITY」でのアバター制作や連携アプリを楽しんでくださっているユーザーなのですが、その様子を眺めているとiPad上でタッチペンを自在に扱いながらアバターとなって、メタバース空間の中を走り回っていました。現実にはストレッチャーでの暮らしですが、メタバースの中ではまるで学校の校庭を走り回っているように見えてきて、大変うれしく、グッとくるものがありました。



中畑:ゆりニャーさんは、講習会で実施した「みんなでバーチャル世界旅行!」というオンラインイベントにも参加くださいました。アバターを通じてフランス、イタリア、タイの各国を楽しそうに走り回っていましたね。



白井:「みんなでバーチャル世界旅行!」、このイベントは、神奈川県側からのリクエストで実施した完全オンラインのワークショップです。病院から出られない、ベッドの上から動けない、といった方でも参加できると好評でした。初めて出会った方同士が団体で海外旅行をしているような雰囲気で、皆さん和気あいあいと楽しんでいましたね。自分で飛行機に乗って海外に行き、モン・サン・ミッシェルの階段を登ったり、パリのモンパルナス駅で高速鉄道に乗り換えたり、その時に迷子になりそうになったりとか、我々はもちろん、ご家族の皆さんも感動してくださって。オンラインで完結するワークショップも、メタバースの研究開発の中では多くの方々が関わって研究開発されてきたものですが、障がい者を対象とした実施は重要な経験となりました。見ている私たちも楽しかったです。

ーー11月にオープンした「かながわ“ともいきアート”ワールド」について教えてください。



中畑:11月29日からアプリ「REALITY」上で「かながわ“ともいきアート”ワールド」(以下、「ワールド」)と題し、期間限定でバーチャル展覧会を開催しています。そのバーチャル展覧会では個性豊かな魅力あふれる「ともいきアート」作品を中心に展示し、「ともいきメタバース講習会」で制作された作品や講習会での様子も動画でご覧いただけるようにしました。講習会で取り組んでいる様子をわかりやすく示しながら展示することで、作品展示だけでは見えない制作者の想いや制作にあたる姿勢を伝えることで、より実感を持って見ていただけるとうれしいですね。普段はあまり行政の取り組みに触れてないような若いユーザーにも見ていただけることを期待しています。



松本:動画は県の職員にも好評でした。素人の私でもアプリ「REALITY」上でライブ配信をするとどんどんユーザーが集まってくるんですよね。これまで障がい者と接点がなかった方が、このワールドを通して、少しでも共生社会について考える、一つの機会になればと期待しています。来年2月には、第2回のワールドがオープン予定で、今回の講習会で制作された作品を展示する予定です。

一連の取り組みを通じて県民が誇れる、誰もに愛される自治体に

ーー「ともいきメタバース講習会」を通じてどのような成果がありましたか?



松本:この事業は、障がい者が社会参加の機会を増やすこと、健常者を含む全ての人に共生社会に対する理念を知ってもらうことが目標ですが、どうしても成果を数値で示すことが難しい側面があります。それでも、最初は緊張や疑念を見せていた参加者も講師の先生方と交流をする中で徐々に笑顔になり、最後は自分の作品を自慢しながら帰っていく姿を見ていると、この蓄積こそが大事で、事業の価値になると自信を持って言えます。



白井:私も神奈川県に住んでいるのですが、このような取り組みを推進している神奈川県民であることを誇りに思います。「かながわ“ともいきアート”ワールド」を通じて、神奈川県っていいな、温かいな、住みたいなって思ってもらえるとうれしいですし、先端的な取り組みにチャレンジする神奈川県ってかっこいい!と世界中から認識されると確信しています。



松本:そうなると本当にうれしいですね。

目指すのは、ハンディキャップを乗り越えて全ての人がフラットに交流できる社会

ーーメタバースを活用することによって、どのような社会を実現できると考えていますか?



増田:神奈川県の皆さまと一緒に取り組みを進めさせていただき、今回のような取り組みはものすごく社会的意義が大きく価値のあるものだと思っています。身体や心にハンディキャップがある人でも、メタバースはそれらを乗り越えて全ての人がフラットに交流できる場所です。メタバースだからこそ実現できる社会があるということを、より広く届けていきたいと考えるようになりました。



白井:世界では、誰しもが社会・組織の一員として包括される「インクルージョン」と言われるような取り組みは価値があるものだと評価されています。しかし、効果的な手段はいまだ確立していません。そういった意味で、この取り組みは自治体がメタバースという世界中からアクセスできるプラットフォームの活用を見据えて、障がいの有無に関係なくお互いをリスペクトし合えるようなクリエイティブな講習会を行ったという、類を見ない事例です。これを1回で終わらせないこと、一過性の流行ではなく他の自治体や企業が「うちもやりたい」と手を挙げてくれたり、またはこの取り組みを新しい研究材料にしてもらったりと、メタバースによって人類が一歩前に進むためのチャレンジを受け止めていただければいいなと感じています。



中畑:今回の講習会には、さまざまな障がいがある方に参加していただき、それぞれの障がいに応じて求められることを知り、私自身の大きな学びに繋がりました。今回の取り組みで得た経験や知識を今後に活かし、さらに県の事業として推進できるよう考えていきたいです。



松本:今後は県としての広報活動にもさらに力を入れつつ、多くの方と交流できる機会を増やしていきたいと考えています。



増田:REALITY XR cloudとしても素晴らしい企画を一つ形にできたと思っているので、まずは今回開催される「かながわ“ともいきアート”ワールド」に多くの方に足を運んでいただき、そこで共生社会に対する理念を理解し、考えるきっかけとなればうれしいです。